

不登校の例1
Aさんは都内に拠点を持つ大学に通う大学2年の女子大学生である。
Aさんが入学した大学は各地に系列高校を設置しており、系列高校からはほとんど無試験で入学してくる学生が多かった。Aさんは入学試験で合格して入学したため、系列高校からの学生と学力差が大きく、系列高校の学生のため、授業は高校レベルの授業である場合もあり、不満があった。「どうして私が高校の授業を受けなければならないのだろう。」といった感じだった。
Aさんは、希望大学、希望学科を親にも相談せずに自分で決め、受験した。親をはじめ、周囲からは、そのような特異な大学ではなく、カラーの強くない普通の大学を受験した方がいいとアドバイスされたが、その学科に興味がありA方式、B方式などすべての受験はその学科一本で受験した。
ところが、入学してしばらくすると、その学科に対する興味がなくなり、授業が苦痛になりはじめた。カラーの強くない普通の大学に受験しなおして、大学を変わるか、別の学科に転科するかいろいろと考えたが、他の大学を受験して合格するほどの学力もなく、1年間悩んだ。おそらく、Aさんにとっては、この1年間は最も辛い1年だったと思われる。この間にアルバイトをはじめ、現金収入が得られることや、職場での楽しさがAさんを、学校の苦痛から解放してくれたのだと思う。そのうち、アルバイトにのめり込んで、仕事の量が徐々に増加し、断れない性格から、限度以上の仕事を引き受け、自分を追い込んでしまったこともあった。
大学2年になると、登校の苦痛から、大学への登校ができなくなった。大学へは行かず、昼間は暇なので、アルバイトで過ごした。住居についても不満があった。門限が11時と定められた学生会館だった。以前、塾のアルバイトをしていた時は、どうしても11時を過ぎることがあって、肩身の狭い思いをしていた。学生会館は、玄関に守衛さんがいて守られて、しかも、食堂がついていたので、何の不自由もない生活ができたが、規則にとらわれることが嫌いなAさんにとっては、苦痛だった。
Aさんは興味がぽんぽんと変わる性格があり、受験するときは、興味のある学科でも、入学すると、興味がなくなり、また、学生会館に入館したときも、最初は天国へ登る気持ちだったが、徐々に規則に拘束されるのが嫌になった。
大学2年になると、不眠症がひどくなり、昼夜逆転の生活が続いた。毎日が夜のアルバイトの生活だった。Aさんはしばしば大学の学生相談室に通い、カウンセリングを受けていた、幸い、カウンセラーには優しくしてもらい、救われたようだった。
Aさんの興味がぽんぽんと変わる性格のためだろうか、Aさんは高校の頃、中国旅行にこだわり、親を無理に説得して、アルバイトでためたお金で、中国へ行ったことがあった。加えて、Aさんもうすうす、このままでは、卒業できず、経済的に自立できない、と悟り始めた。そこで、親の説得に応じて、不眠症の治療のため、精神科の受診を承諾した。幸い、主治医が、治療に詳しく、治療がうまく行って、Aさんは昼夜逆転の生活から抜け出すことができた。というのも、主治医は、脳の機能に詳しく、睡眠導入剤など、睡眠薬は一切使用せず、Aさんの脳の機能の特徴をうまくとらえた、脳の機能の改善に使用される薬剤を使用したので、睡眠薬の過剰摂取などの悪循環に陥ることなく、悩機能改善薬のわずかな量で状態は好転した。
覚悟をほぼ固めていたAさんは、興味がぽんぽんと変わる性格から、海外旅行を計画して、3週間の海外旅行に出かけた。Aさんはこう考えたようだ。自分が自立して生活するためには、大学を卒業しなければならない。確かに、現在通学している学科は不満がある。しかし、他の希望する大学や学科に入学する学力もないことはわかっている。おまけに、親から仕送りをもらって大学に通学できるという幸運な生活も希だろう。となると、不満のある学科でも、我慢して卒業するしか、残された道はない。このような恵まれた環境も4年に限られている以上、海外旅行をさせてもらって、気持ちに整理をつけ、旅行の後は、復学するしかないだろう。と。
Aさんは、3週間の海外旅行の後に、大学へ復学して、授業に出席して、勉学にいそしんでいる。復学前にアパートに引越しをして、現在は拘束のない自由な生活を満喫している。
ただ、親御さんは、学生会館ではない、普通のアパートに引越ししたことで、心配は隠せないようだった。